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この患者さんはどういう病気で入院しているか、手術後何日目か、今どういう状態にあるか。この三つを把握しているのが主治医である。一方の病棟受け持ち医は医学部を出て一年目、二年目の医者の卵だ。自分の主治医とは思わないほうがいいし、いろいろ訊ねても勉強中の若い医師は責任ある判断は下せない。これを心得ておくのも患者の知恵である。
③、④、⑦に関連することでは、大学病院信仰の強い人たちは、特にがん治療に関しては、市中病院は一歩も二歩も劣ると考えがちだが、実際には差はほとんどないのである。
大体、患者の病気を治すのは「大学病院」という名前ではなく、医者という人間なのだ。
病気を一日も早く治してもらうのに、高度な医学の知識と技術は必要条件でぱあっても、がん治療の十分条件とは言えない。もう一つ、心と心のふれあいの部分で医療側のきめ細かな対応が問われる。
この点で、教授や助教授は学会出張に忙しく、若い病棟受け持ち医の顔が何人も替わるような大学病院のあり方では、何かと不便なものだ。担当医とのコミュニケーションがとりにくく、退院後にだれが継続して経過観察をやってくれるかという点でも心配だ。
それくらいなら、医療設備と治療成績の双方が一定レベル以上の市中病院を選び、同じ顔の担当医に退院後まで診てもらうことである。ちなみに、⑥の入院期間の短さは医療チームの実力度を示し、⑧の患者本位の姿勢は医療サービス面の指標となる。
患者の幸せとはいったい何か。医療ミスをひた隠し、患者にその非をあげつらわれるよりも、すべてを伝える医師の勇気がほしい(⑨)。双方の信頼関係があるところに医療不信など生まれようがないと思う。
医療といっても結局は、人と人との関係だ。患者は世間一般の常識と礼儀をわきまえること、治療にあたる医者は親身になること。いろいろ質問した結果、自分なりに納得できたら、あとはその医師を信じて、浮気しないこと(⑩)。最後まで疑心暗鬼では、ろくなことにならない。医療現場を歩く私の正直な医療観だ。
がんから身を守るための三原則
日本人の二人に一人はがんになる時代。だれもが今、がんと背中合わせの人生を生きている。がん年齢と言われる中高年世代ほどには患者の数が多くないにせよ、二十代や三十代の若さでもがんにかかる。そうして病院へ行くのが遅かった人がホソを噛む、がんの現実だけはいつの時代も変わらない。医者のかかり方で言えば、タイミングよく医者にかかって命拾いした人がいるかと思えば、その時機を逸してしまう人がいる。そうならないためには、どうすればよいか。
なぜ自分はがんになったのか、このがんはいつごろできたものか。がんとわかったとき、だれもが一度はそう感じ、自分なりの納得できそうな答えを見つけようとする。一種の患者心理である。しかし、この疑問への本当の答えはがん治療に当たる医者にもわからない。なぜならば、現代の医学でそれは不可能な領域にあるからだ。
その一方、年に一回の集団検診や人間ドックなどで発病の兆しを見逃さず、その後の精密検査で早期発見ができれば、がんはそれほど怖くないと言われる。そして予防医学の立場から、次のような「がんから身を守るための三原則」があげられる。
○がんの原因となる生活習慣を改善する(一次予防)
○早期発見のサインを見逃さない(二次予防)
○必要な二次検査(精密検査)は必ず受ける(二次予防)
がんにならない一次予防と、がんを早期発見する二次予防。がんの医者のかかり方の第一歩は、この三原則を正しく理解することからはじまるのだ。
まず、一次予防については、国立がんセンターが作った『がんを防ぐための十二ヵ条』があって、第一のポイントは、がんの原因になりやすい食生活の見直しと禁煙だ。
1.バランスのとれた栄養をとる。
2.毎日、変化のある食生活を。
3.食べすぎをさけ、脂肪はひかえめに。
4.お酒はほどほどに。
5.タバコを吸わないように。
6.食べ物から適量のビタミンと繊維質のものを多くとる。
7.塩辛いものは少なめに、あまり熱いものはさましてから。
8.焦げた部分はさける。
9.かびの生えたものに注意。
10.日光に当たりすぎない。
11.几適度にスポーツをする。
12.体を清潔にする。
これは、発がん物質の研究成果やがんの疫学調査をもとに、がん予防法を一般にわかりやすく教えるもの。やらないよりはやるほうがよいに決まっているだろうが、がんを予防するうえで、バランスのとれた栄養や食生活の見直しに効果はあるのか。どれだけ食べればよいのか。このあたりのことがもう一つよくわからない。
ほかにも、納豆を食べればがんにならないとか、理詰めで情緒に欠けるタイプはがんになりやすいとか、さまざまなことが言われる。それを聞いて、たとえば、納豆好きのがん患者は「何言っているの。私は毎日納豆を食べていたわよ」と心のなかでつぶやいたりする。
それくらい、がん予防はなかなか一筋縄では行かない。食生活の改善や禁煙だけで事足りると考えるのもかえって危険なようで、がん予防十二ヵ条をきちんと守った人が、が
んとわかることも、もちろんある。
がん予防優等生の「落とし穴」
私が出会ったがん患者の一人に、こんなケースがある。
K氏、一九三〇年生まれ。国立大学卒。身長百七十二センチ、体重七十四キロ。がっしりした体格と知的な風貌の男性である。中国地方の県庁を五十八歳で退職後、がんにだけはなりたくないと思い、自分はがん予防の優等生になろうと心に決めていた。
一日三度の食事では食物繊維の多い食べ物と緑黄色野菜は必ず摂るよう心がけた。適度の運動と水分摂取を毎日欠かさず、酒もタバコもやらない。つまりは、『がんを防ぐための十二ヵ条』をしっかり守って生活していたわけだ。なのに、大腸がんで倒れた。
六十八歳のある日、K氏は右脇腹の引きつるような痛みを覚えた。これまで経験したこともないような胃痛と、激しい胸焼けだ。右脇腹にしこりが生じ、手で触れると日に日に大きくなった。
検査の結果は、ステージWの上行結腸がん。とある国立病院で手術を受けたが、がんの腹膜転移が見られ、もう治る見込みはないと告げられた。K氏はがん予防の初歩的な失敗に気づく。
「私の失敗は、(がんにならないという)自信があったから、がんの検査をしなかったことです。ぼんやりした私はがん検査までは思いがいたらないで、用心すればこの病気にならないと頭から信じていました。しかし、それが落とし穴でした。いくら用心しても、がんの検査を怠るとダメです」
自分は取り返しのつかない失敗をした……あの無念そうな表情が忘れられない。四年後の二〇〇二年六月、K氏は亡くなった。
がんは、画像上で目に見えるようながんに成長するのに二年、三年、いや、五年、十年と長い時間がかかるという。だからこそ、一次予防と二次予防の必要性が叫ばれるのだが、K氏は、がん検診を受けなかったばかりに病気の発見が遅れた。「がんから身を守るための三原則」のうち、二番目の早期発見のサインを見逃したのだ。
がんの早期発見のサインは、しこりと出血。これをいかに早くみつけるかがポイントになる。大腸がんの場合、腸内部からの出血が危険サインとなるが、肉眼では見えない微量の出血(潜血)を調べるのが「便潜血検査」だ。この検査のおかげで早期発見し、大腸がんが治ったという人ぱ大勢いる。また、トイレで用便時の出血に気づき、医者に駆け込んで命拾いする人も少なくない。
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